ノルウェー国内において第二次世界大戦以降最悪の惨事とされているノルウェー連続テロ事件。今回はそのウトヤ島銃乱射事件の当事者だった青年によるAMA(なんか質問ある?)です。

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元スレ:Tomorrow marks the 3 year anniversary of the 22.07 massacre in Norway. I survived the attack. AMA (2014.07.21)
(OP)
ノルウェーで起きた7月22日の大虐殺から明日で3年。僕はあの襲撃を生き延びた。AMA(なんでも聞いてくれ)。

3年前にブレイビクが襲った島、ウトヤにいた。なんでも好きに聞いてくれ。

証明:
Utoya-offer (17) ranet: - Tanken pa a do skremmer meg ikke lenger

2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロ政府庁舎 (Regjeringskvartalet爆破事件とウトヤ島銃乱射事件が連続して発生した。

政府庁舎爆破事件により8人、銃乱射事件により69人がそれぞれ死亡しており、両事件で77人が死亡。ノルウェー国内において第二次世界大戦以降の最悪の惨事とされている。

Wikipediaより

Q. 犠牲者たちとは個人的に知り合いだった?

A. 犠牲者の1人とは友だちだった。他の亡くなった3、4人ともあそこで知り合いになった。彼らのことはあまり知らなかったけど、彼らが亡くなった後に、それまでよりたくさんのことを知ったと思う。

Q. 事件の中で君から永遠に離れないだろう記憶ってある?なにが1番?


A. あそこで知り合った1人の女の子がいた。彼女はあの襲撃の1日前に、彼女が生まれる前に亡くなった姉がいたことを僕に話してくれた。彼女の人生の目的は、姉の人生の分も生きることだと言っていた。彼女は翌日亡くなった。

Q. 何が起こってるか気づいたときに初めに頭に浮かんだことは?

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2011年7月22日午後3時半頃(日本時間同午後10時半頃)、首都オスロの中心部にある17階建ての政府庁舎付近でブレイビクが仕掛けた爆弾が爆発した。
オスロ近郊にあるウトヤ島ではノルウェー労働党 青年部の集会が行われ、10代の青年約700人が参加していた
政府庁舎爆破事件直後にブレイビクはタクシーでウトヤ島の近くまで行った後に警察官の制服を着てボートで島に上陸し、爆破テロ捜査を口実に参加者を整列させ 、午後5時頃(日本時間23日午前0時頃)より銃を乱射した
Wikipediaより 

A. 「Oh shit
あの事件が僕を襲ったとき、実際にそれを口にしたと思う。はじめは一部のティーンエイジャーがなんかの理由でAK47を使ってバカやってると思ってたんだ。たいしたことじゃないと思ってた。その後、突然隣の部屋の人たちが撃たれた。そしてパニックが起きた。その銃声をすごく近くで聞いたとき、今起きているのは冗談や訓練なんかじゃないって気付いたんだ。
隣の部屋の人たちは本当に殺されていた。「Oh shit

Q. 君も怪我をしたの?

A. 銃撃を受けているのが本当だと気がついた後、窓に走って飛び降りた。ちょっと転んで、壁で手を少しこすった。だから答えは、拍子抜けの「YES」。けど撃たれなくてすごくラッキーだった。銃声の一部はすごく近かったのに。

Q. あの事件からダイレクトに影響された結果として、君の人生はどう変わった?


A. あの事件が起きてから、僕の人生は確実に良い方向へと変わった。ひとつの命を救い、裁判の直前にKRIPOS(ノルウェー国家警察)に死体解剖報告書の誤りを正させた。
事件以降、僕は他者を救うことへの責任を強く感じている。以前よりもずっと、窮している人を気にかけてるし、人はやり遂げる決意を持っている限り、なんでもやれるということを学んだ。ありがちな話だろうけど、感情的なダメージを乗り越えた後、自分が前よりずっと有能な人間になったように感じてる。それはたぶんあの事件の反動のひとつだ。助けが必要な状況にある人(倒れた人や、酔いつぶれた人とか)を見かけた時はいつでも、できるだけ早く走り寄って助けようとしてる。

けどその一方で、あの事件の後は前よりも不安になった。 僕がウトヤにいたせいで皆に避けられていると感じてた。それに友だちが僕の元を離れていくことがすごく怖かった。自分が扱いにくい変な奴なんじゃないかってことを恐れてる。人が離れていくのが怖いから、自分が抱えている問題を人に話すことはめったにない。新しく出会った人たちには、事件の当事者であったことを隠そうと最大限の努力をしてる……(もし彼らに知られて、僕が心に傷を負っていると、僕とはなにもしたくないと思われたらどうする?トラウマ持ちの男と付き合いたがる人なんていない!)
けど僕はトラウマを負ってはいない(今では)。本当にかなりうまく過ごしてる。それにあの出来事について考えることは1度もない。もちろん、誰かがそれについて言わない限りは。でもあの事件の余波は僕の人格にいくぶんかの変化をもたらしたよ。

 

Q. >ひとつの命を救い、裁判の直前にKRIPOS(ノルウェー国家警察)に検死報告書の誤りを正させた。
この2つの話を詳しく聞かせてくれるかな?君が救ったのは誰?その後連絡取った? 検死報告書のなにを変えたの?


A. もちろん。僕はさっき「短い」バージョンを投稿した。けどもう一度、もっと詳細をつけ加えて投稿しよう。
僕は他の多くの人たちと一緒に建物内に入った。すごくたくさんの銃声が外から聞こえていた。窓に近づくなと厳しく言われていたから何も見なかったけど。ブレイビクが隣の部屋に入ってくるまで、僕はそれが銃声だとはっきり理解してはいなかった。「Oh shit」
その後僕は食堂へと逃げた。だいたいみんな、窓から出るために喧嘩して、お互いを押し合っていた(右手に外に通じるドアがあったというのに)。僕はその窓から飛び降り、丘を走った。けどズボンが鉄のフックに引っかかったせいで、体が180度ねじれて、一方の足が穴に嵌った。そういう体勢で身動きがとれなくなった。たぶん自分で動けなくなったのはアドレナリンとパニックのせいだ。僕を追い抜いていく若者たちに止まって助けてくれるように頼んだけど、誰も助けてはくれなかった。もちろんだ。彼らもパニック状態だった。全ての人が僕を走り過ぎ、そして僕は銃声が建物から僕に近づいてくるのをただ聞いているだけだった。

突然、1人の少女が立ち止まり、僕に尋ねた。「助けが必要?」僕は笑って、YESと答えた。彼女は僕を救出した。僕らは手を繋いで湖畔の森を駆け抜けた。 もっとたくさんの銃声と悲鳴が聞こえた(今や遠くになっていたけど)。一緒に逃げていた彼女とは途中でなぜか離ればなれになった。
僕は立ち止まった。たぶん自分のいる位置を確認するためだったと思う。後ろを振り返って、1人の少女が地面に倒れ、人々が彼女を取り囲んでいるのを見た。僕は駆け寄って、たくさんの血を見た。僕は聞いた。「なにかできることがある?」彼らは彼女の右腕の撃たれた傷を押さえるように言った。血は止まりそうになかった。だからその傷を押さえるための大きな岩を探すように言われた。彼女は5箇所撃たれていた。1人の男が彼のシャツを裂いて包帯として使った。だから僕と他の4人はそこにただ座って、彼女の傷を手当てしながら、背の高い草の後ろに隠れていた(ひどいカムフラージュだ!)。僕らは歩道からそう遠く離れていなかった(10、15m)。僕は少女の目を見つめながら話しかけ続けた。大丈夫だと言い続けていた。彼女の目が少し灰色に陰ったのを覚えている。僕はずっと彼女の意識を保つよう努め続けた。途中彼女は僕にキスしてと頼んだ。僕はそれに応じた。あれは忘れられないキスだ、ヘヘ。

しばらくしてブレイビクがやってきた。僕らの15~20m先で14人の人々を殺しながら。僕らと逆の湖畔に隠れていた人々を。みんなの悲鳴を覚えてる。特に1人の少女が「No」と叫んだのを。それに、彼らに沈黙をもたらした銃声を。
この出来事の間、僕はすごくたくさんのことが起こっているように感じていた。僕の両足は傷を負った少女と小さな苗木の間に挟まって麻痺していた。葉の上から水滴が1つぶ落ちるのを見ていたのを思い出せる。 僕は思った。「くそっ、この世界は醜い」ブレイビクがそこにいる間、誰も少女を置き去りにすることを考えなかったと思う。僕は彼の視界に入らないようにできる限り縮こまろうとだけしていた。でも見つからずにいるのは不可能だと思っていた。だから基本的に僕の頭の中にあったのは、「まぁいい。いよいよだな。さっさと殺せよ」だった。実際、なるだけはやく彼に殺されることを願っていた。そして彼が自分の頭の後ろに銃口を突きつけるのを、ある意味もどかしく待つようになっていた。けど彼は僕らを見ずに歩き続けた。

永遠のような時間の後、複数のボートが近づいてくる音が聞こえた。僕らは少女をボートまで運んだ。はじめに見たものを覚えてる。僕は死んだ男の目をダイレクトに見た。ブレイビクがさっき人々を殺した場所だった(全部で14人)。 
僕は少女とは別のボートに乗せられた。そして事件はこれでもう終わったと思っていた。でもその後、知らない負傷した男が僕の膝に委ねられた。彼は頭を後ろから撃たれていて、僕はその傷を押さえ続けなければいけなかった。でも止血に使うものは自分の手以外なにもなかった。僕の手には彼の頭から血が流れ続けていた。ボートが動き始め、彼はただ息をしようとだけしていた。僕がそこに座って、彼に手を伸ばしている間、彼の喉が鳴り始めた。30秒ほどの死前喘鳴。そして彼は死んだ。僕らが陸にたどり着く直前に。

後に僕は、彼が銃で撃たれた傷のせいでなく、溺死したのだと言われていることを知った。僕はこれに大反論した。インタビューと質疑を全部持って僕の町に来るように弁護士に頼んだ。僕は長い時間かけて彼が溺死ではないと言う証拠を探した。そして充分な証拠を集めた後、KRIPOS(ノルウェーのFBI的なものだと思う)に何度も電話し始めた。最終的に彼らは検死報告書を訂正した。公判が始まる直前だった。裁判で彼の本当の死因が言い渡されるのを聞いてほっとしたよ。

Q. ご両親に会ったとき、最初に言ったことはなに?

A. 「ハイ :)(笑顔)
その後すぐに母親がわっと泣き出した。

Q. 島を出て安全になった後、すぐには寝付けなかった?

A. 最初の夜は石のように眠ったよ。:) 

Q.  >僕は少女とは別のボートに乗せられた。
その後彼女がどうなったか知ってる?また会えた?


A. 彼女の右腕には少し障害が残るだろう。あの事件以降彼女に二度会った。でもあんまり連絡を取り合ってはいない。彼女は素晴らしい人だ。積極的だし、政治面ですごくいい活動をしてると思うよ。 

Q. 君を助けてくれた女の子と再会して、お礼を言えたかい? 


A. あぁ!最終的に彼女を探し出した。新聞やラジオを通じて彼女を捜したんだ。そして彼女がやったことにお礼を言えたよ。僕らは再会するための旅の資金提供まで受けた。だから彼女にふさわしい感謝を伝えることができたんだ。彼女が住んでるところを通りがかるときには、コーヒーやビールを飲みに誘うためにときどき電話してるんだ。

 └・俺は君がその子と結婚すべきだと思うぜ、兄弟。

  └・そして君は2014年のベストキューピッドだ。 

Q. 事件の間、どっかの時点でヒーローになろうと考えた?誰かがリードしたら、ブレイビクを止められたと思う?

A. 頭の中で100回はそのシナリオを経験した。
「もしあの木に隠れて彼に飛びついていたら?」「もし彼が少しでこぼこな岩の丘に立っているときにタックルしていたら? 」「彼が階段を昇ってきている間に階段の上からピアノを押していたら?」
でもあの事件の間、頭の中に1度もヒーロー的な行動が思い浮かばなかった。こういう考えは全部回想中に思いついたものだ。しばらくのあいだ本当に後悔していた。「それらの全てのチャンス」があったときに、自分が彼を殺す試みをなにもしなかったことを。けどおそらくそれはトラウマが頭をしつこく苦しめていただけだ。
たしかに彼を止めることはできたかもしれない。でもそれはすごく無謀な行動になっていただろう。一部の人々が彼に向かって岩を投げていたことを知っている。けどそれぐらいだ。「もし俺がそこにいたら、5人でチームを組んで、メンバーに戦略的ポジションを取ることを指示する。そしてブレイビクを取り囲んで捕まえていただろうに!」みたいなことを言う人たちを嫌悪してるよ。実際にそんなセリフを言った男がいたんだ。銃で攻撃されているときに脳はそういうふうに働かないものだよ。少なくとも、訓練を受けていない脳は。

Q. 今までに生き残ってしまったことに対する罪悪感を感じたことはある?「どうして殺されたのは僕じゃなかったんだ?」みたいな疑問にどう対処してる?他の生きのびた人たちと連絡を取ったり、こういうことについて話し合ってる?

A. たくさんの人が生き残ってしまった罪悪感を感じてきた。でも僕は一度も感じたことない。人命救助できたこと、死にゆく男を腕に抱いて、ひとりぼっちで死なせずに済んだことはすごく幸運だった。それは実際僕にとってある種の名誉であり続けてる。彼は孤独じゃなかった。
僕はいつも自分に言い聞かせてる。「もし僕があそこにいなかったら、事態はほんの少し悪い風になっていたかもしれない」って。自分に乗り越えさせるために。

Q. 自分がヒーローと呼ばれることをどう思う?

A. ハ!もし君がそれを1、2年前に聞いていたら、僕はおそらくいまいましく怒鳴り散らしていただろう。ヒーローと呼ばれることが嫌で嫌でたまらなかったから。 
「俺はヒーローなんかじゃない!本能のままにやっただけだ。同じ状況なら誰でもやっただろう!あれは行き当たりばったりだった!俺はあの島にいた他の人々より良い人間ってわけじゃない!」 
でも最近、ヒーローと呼ばれることを良い方向に受け入れ始めてる。それは社交上の褒め言葉で、人が僕をヒーローと呼ぶとき、彼らは善意や敬意を表そうしてる。僕は自分自身をヒーローとは思ってない。でもそう言ってくれる人がいるのは嬉しいよ。憤慨する理由はない。  

Q. 俺無知なんだけど、「ブレイビク・ピープル」ってのは何or誰なんだ?ググればいいことはわかってるけど、君に教わりたい。
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A. 過激派右翼だと思う……あるいはテンプル騎士団。ハハ。イルミナティとフリーメーソン。OK、でも本当に、もし「ブレイビクみたいな人々」について話をしているのなら、それは彼の見解を支持する人たちだよ。
民族的に不純である国を正常化すること。そしてキリスト教徒/カトリックの上流階級文化を維持すること。ブレイビクの動機の一例は、ノルウェーからイスラム教を取り除くことだ。あの事件は多文化的なノルウェーを支持する左派への攻撃だった。あぁ、思い出した!彼は僕らを「文化的マルクス主義者」と呼んでいた。


 └・ヘイ、俺はフリーメーソンだ。頼むから俺たちをイルミナティや過激派と結びつけないでくれよ。フリーメーソンは善人たちによる、メンバーとコミュニティがよりよく生活するための団体だ。俺たちは秘密組織じゃない。俺たちは象徴としての少しの秘密を持つ単なる社交クラブだよ 。

ブレイヴィークはクリスチャン・シオニズムを支持し、イスラム教移民多文化主義マルクス主義を憎悪し、移民を受け入れ援助するノルウェーの在り方を否定していた。 インターネットで発表した文書内でも移民受け入れの拡大をすすめる左派を非難していた。動画サイトでは同趣旨の『テンプル騎士団 2083年』という12分の動画も投稿していた。

日本韓国多文化主義に否定的な国家として挙げ、そのような国家を賛美賞賛するなどの行為をインターネット上の投稿で行っていたと報道されている。

Wikipediaより 


Q. ブレイビクの裁判に行った?もしそうなら、そのとき君が考えていたことはなんだった?

A. 僕は裁判中、何度も笑った。彼が自身を説明しようとした陳述の一部はひどく馬鹿げていた。笑わなかった時は、完全に混乱してイライラしていた。それは避けようがなかった。彼は自分の主張が正しいことを示すために、すごく複雑化された馬鹿馬鹿しい政治用語を使っていた。それに彼の「抗弁」は、テンプル騎士団の歴史についての30分間のスピーチだった。その全てが完全に滑稽だった。
彼の陳述と「戦略上重要な計画」の一部は、僕に彼が正気であることを疑わせるほど風変わりだった。
実は私の計画では飛行機1機を盗み、あの大虐殺を果たした後に、刑罰を逃れるためにロシアに飛ぶ予定だったのだ!!

関連記事:【恐怖のフライト】ハイジャックされたエチオピア航空機に乗ってたけど、なんか質問ある?【着陸までの全貌】

Q. ブレイビクのマニフェストを読んだ?君はあれをどう思った?


A. あのマニフェストのほとんどは、Wikipediaに乗ってるいろんな引用のただのコピー&ペーストだ。ちょっと調べたことがあるけど、2年か、もっと前のことだよ。あんまり意味が分からなかったのを覚えてる。彼のマニフェストを最大限に解釈するには、ある精神状態にならなきゃいけないんだと思う。ブレイビクは自分がしていることに完全に夢中だったし、ほとんどの人よりも幾分深い意味をそれに見いだしていたんだと思う。

彼は裁判で1度泣いた。あれは彼が自分で作ったYoutube動画を見た時だった。その動画があまりに美しく編集されていて、自分には素晴らしい動画作成の才能があるって……。
ともかく、僕があのマニフェストについて覚えていることは、それが退屈で、時間を費やす価値のないものだったってことだよ。引用と、配合表と、散漫なものと、歴史が含まれていた。


 └・心理学者たちが彼を自己愛性パーソナリティ障害と診断したのも無理はないな。

(参考動画:自分のYoutube動画を見て涙するブレイビク)



Q. 1年ぐらい前にウトヤのドキュメンタリーを見た。あの大虐殺のせいで、当時のノルウェーの首相はその次の選挙で、移民対してもっと「強硬路線」の候補者に負けた。それに多くの移民が襲撃され、国民は移民に対して厳しいスタンスへと揺れたと。ブレイビクの行動は彼の目指していた結果にある意味結びついた気がする?


A. 一部の有色人種/ムスリムたちがあの事件の間、あるいは後に襲撃されたことは知っている。加害者が実は白人で、 民族的にもノルウェー人であることが知られる前に。
僕はここ数年で憎悪犯罪は減ってると思う!ウトヤの後に広まったメッセージのほとんどは、愛と団結だ。そういう考えがここで広まっている一方で、君たちはいまだに少し用心深くいなければならないと思う。ブレイビクが彼の狙っていただけのことを成し遂げたとはあまり思っていない。けど彼のメッセージはおそらく一部の差別主義者や他の憎悪に満ちた人々に届いただろう。少なくとも一部の人々のインスピレーションにならなかったはずがない。でも僕の理解によれば、僕らは不寛容さに対する不寛容さを持つようになり始めている。少なくとも、そういう風に向かっていることを僕は願ってる。

Q. ハイ!僕はアメリカ出身だ。だからバージニア工科大学銃乱射事件や、コロンバイン高校銃乱射事件みたいな銃乱射事件(あるいは君の国に近いフィンランドのヨケラ中高等学校の銃乱射事件)について知りつつ育った。僕がヘンに思うのは、たくさんのインターネット掲示板のメンバーが、乱射犯たちに共感を示していることだ。彼らはいじめられていることに疲弊した社会ののけ者だ、みたいに。だから僕の質問は、君はブレイビクにシンパシーを感じる人についてなにか読んだり聞いたりしたことがあるかってこと。

関連記事:【一般人】「コロンバイン高校銃乱射事件」の生き残りだけど、なんか質問ある?〈前編〉【不幸体験】

A. ブレイビクに共感を示すサイトははじめから意識的に避けているんだ。けど偶然見てしまうのは避けられない。もし記憶が確かなら、生き残った僕の友人の1人について、「仕事を終わらせる」ことを提案するサイトが1つあったと思う。不安になったけど、なにも起こってはいない。それから、クレイジーなドイツ人女性がブレイビクのガールフレンドであると主張して、裁判に1、2度乗り込もうとしていたのを覚えてる。
思い出そうとしてるけど、質問の答えはNOだ。ブレイビクにシンパシーを感じる人についてあまり聞いたことがない!たぶんそうする機会のほとんどを避けてきただけだと思うけど。 


Q. 市民の銃所持についての君のスタンスは?あの事件以前と以降では変わった?

A. 銃所持を許されてるバカがあまりに多すぎる。僕は自分の国が銃を奨励してないことをありがたく思ってる(訳注:ノルウェーでの銃所有は免許制)。実は市民の銃所持についてあまり考えたことはないけど、世界中の銃撃事件のニュースを聞くとき、他の災害が通常僕に与えるのよりも強い衝撃を感じてる。銃声と悲鳴の組み合わせは誰も経験するべきじゃない。銃声は射撃場以外で聞かれるべきじゃない。
 

Q. あそこで起こった出来事で、メディアが十分な報道をしてないと思うものがある?

A. たぶん警察が来る45分ぐらい前に報道ヘリが現れた。あのヘリにカメラが乗っていて、何の支援もないのがわかったとき、僕は本当にムカついたよ。あ、それと、本土にいた警察は撃たれるのを怖がってコンテナの後ろに隠れてた(はぁ?島と本土は300~400m近く離れてるんだぞ。なんだそれ!!)。ほとんどの警官はなにかしようとする気がなかった。

実はメディアがなにを上手く報道しなかったのかわからない!僕は事件の全容にはまりすぎていて、なにが報道されてなにが報道されていないのかわからないんだ。

Q. あの事件についての悪夢を見たことある?

A. 1度か2度だけ。去年だったと思う。覚えているのは、何が起こったかを観察する裁判に自分がいる夢だ。突然全ての明かりが消えて、恐ろしい金切り声を聞いた。目覚めたら心臓が狂ったみたいにバクバクしてた。けど他にはあの出来事の悪夢は1度も見ていないよ。

 

Q. その後君みたいに生き残った人たちはどう乗り越えたんだ?君はどうやって回復した?

A. 僕らがどれだけ「ひどく」ケアされたか知ったら、君たちは驚くと思う。僕ら生存者たちは半年間、2、3週間ごとにミーティングに行くチャンスをもらった。ピザを食べながら自分たちの気持ちを話しあった。それをやってるときは良かったけど、半年という期間は僕らの大多数にとって短すぎた。それにミーティングの頻度も充分じゃなかった。
学校のことは気の毒に思う。彼らは僕と、ウトヤにいた他の友だち2人をどう扱って良いかまったくわからなかった。一部の映像(銃撃や死)を含む映画を見せようとするときに、彼らは僕らに事前に言ってきた。けど僕にとってそれは必要なかった。僕は学ばなきゃいけないこと学ぶ助けを必要としていて、僕を怖がらない人たちを必要としていた。彼らを非難することはできないけど。あんな事件を経験した生徒たちに、いったい君はどう反応する?僕らは必要な助けを得られなかった。18歳になって以降(事件から1年以内)は、自分たちで心理学者にお金を支払わなければならなかった。
自分がどうやって回復したかはわからない。たぶん島での行動が自分を良い人間であると思わせるためにたくさん貢献したんだと思う。自分があの事件で起きていた良い事態の一部だったと感じている。少なくとも、自分にそう言い聞かせてる。たくさんの死体と、その空虚な表情を見たことはほとんど影響なかった。僕はあそこでは幸運だった。
僕を本当に回復させたものは、友だちや見知らぬ人からのとてもたくさんの支援だと思う。1度知らない人からメールを受け取った。僕がこの事件を切り抜けられるように応援すると書いてあった。この事件の後、人々は信じられないぐらい親切だった。そのことをこれ以上感謝できないほどありがたく思ってる。

Q. ブレイビクが受けた判決(訳注:禁固21年)をどう思う?


A. 僕は路上15分間の判決を与えるべきだったと思うよ。
真面目に言うと、僕はあの判決が馬鹿げてると思ってる。たくさんの人たちは21年をたった21年しか刑務所にいさせないと誤解してる。けど実際は、21年過ぎた後、彼が社会に戻っても安全かどうかを判断することができるんだ。もし危険だと思ったら、さらに5年でも10年でも21年でも……彼を「拘留」しておくことができる。もしブレイビクが二度と人を殺さないと確信しても、彼が解放された瞬間に世間の人々が彼を殺すだろう。 だから彼が刑務所から出てくることはないと思う。 

一方で、僕は彼が正気だということに完全に同意できない!僕は裁判のほとんどを見たけど、あの男はとんでもない狂人だ。僕を悩ませてることの1つは、裁判全体が結局、彼が正気かそうでないかというものになってしまったことだ。彼が正気だと宣言することで、彼らはブレイビクを殉教者にしてしまった。正気でないと宣言した場合よりも、ビレイビクを支援する人々を増やしたからだ。彼が正気であるという宣言は、彼をまるで天才的首謀者であるかのように見せる。彼は自分がなにをやっているかわかっていたと、そして彼のマニフェスト全体がより合理的なものとして見えるようになる。もし彼らがブレイビクが狂人であると宣言していたら、より多くの人が彼のことを、「マニフェスト」と自称する頭のおかしい政治的な大言壮語とともに殺人の宴を行った、狂った銃愛好家と思っていただろう。僕の意見に多くの人が反対するけど、僕はこれを支持してる。 

Q. そういう犯罪のために死刑があるべきだと思う?もしそう思わないなら、仮釈放のない人生がそういう犯罪に適してると思う? 
(訳注:ノルウェーは1905年に死刑制度を、1971年に終身刑を廃止。ただしナチス・ドイツに協力した政権指導者ヴィドクン・クヴィスリングを死刑にするため、1945年に特別に銃殺刑が復活した)


A. この質問に答えるのはすごく難しい。僕は自分の道徳的規範を維持するべきだと感じているから。僕はぜひ彼らを死刑にして欲しいと思ってる。僕は彼のような人々は処刑されてほしいと完全に思ってる。でもそれをすべきじゃない。もし彼が殺されるなら、それはあの島で起こるべきだった。あるいは刑務所で彼にその選択肢を与えるか。答えるのがすごく難しい。彼に殺されて欲しいと思ってるけど、誰も彼を殺すべきじゃない。 

Q. 正直ブレイビクは刑務所内で殺されるだろう。もしアメリカみたいな刑務所だったら、ふつう犯罪者は子どもを傷つけた人間を攻撃するんだ。

A. 実はその理由でブレイビクは他の囚人たちから隔離されてる。

関連記事:【一般人】無実の罪で42年間刑務所に入れられてたけど、なんか質問ある?【不幸体験】

(訳注:以降は翌日7月22日のレスです。)

Q. 今日の調子はどう?

A. すごく良いよ!このAMAのおかげで、この日が来るのを恐れる気持ちが確実に少なくなった。紙にAMAの証明を書いたとき、僕は文字通り震えていた。まっすぐ書くのがやっとだった。でも今日がすごくいい日になるだろうと思ってる。
君たちはすごく親切だ。君たちにメッセージを書くのはとても楽しいよ。今日という日を楽に過ごせると思う。すごく心配してたんだ。けどすごくたくさんの反応と、答えるのが興味深い質問をたくさんもらってる。そもそも自分がなんでナーバスになっていたのかほとんど忘れそうだ。

Q. あの大虐殺から3年が過ぎた瞬間、君の頭をよぎったものは?

A. ワォ、たった今ちょうどその00.00秒を過ぎたところだ……。
僕は1日中考えていた。「この日を大げさに過ごしたくはない……でも1人で過ごしたくもない……たぶん記念行事に行ったほうがいいのかも。でもここにただ座っているだけのほうがいいのかもしれない……けど3周年のこの日を、ただ座ってなにもせずに過ごすのも適切じゃない」
考えはずっと堂々巡りし続けていた。だから結局このAMAをやることにしたんだ。興味深い情報を君たちに供給することが、この日を過ごすのに1番良い方法になるだろうと思った。あの日何が起こったかを思い出すのに良い方法だ。僕にはこれ以上のことはなにもできないから。あの日起こったことを忘れたくない。僕にすごくたくさんの重要な教訓を与えてくれたものとして。

 └・このAMAをやることで、君はみんなにあの事件とウトヤで亡くなった人々を思い出させた。それ自体が記念行事だよ。AMAをやってくれて、気にかけてくれてありがとう。
 


6
たった1人で77人を殺害し100人以上を負傷させたビレイビクは、史上最悪の短時間大量殺人単独犯だそうです。
犯人が迫る絶体絶命の状況下で、OPが助かることよりもむしろ殺されることを願う心理状態になったというのが恐ろしくも興味深く感じました。


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