「私は家にいて、弟の叫び声を聞いた。あまりの恐怖に凍りついて、部屋の隅に身を潜めたの」─ 今回は14歳の頃に両親に幼い弟を殺された女性によるAMAです。狂気に陥った家で少女が見た地獄とは……

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photo credit: via photopin (license)

元スレ:IAmA 23yo whose parents are imprisoned for my brother's murder. AMA. (2011/10/16)

(OP)
私は23歳。両親は弟を殺した罪で獄中にいる。AMA(なんでも聞いて)。

私が14歳の時、母と継父はロシア人の幼い子ども2人を養子にした。それをきっかけに私の家は虐待とネグレクトに陥った。ある日、とりわけ酷い出来事が起こった。父が弟を傷つけ、弟はその後1週間足らずで死に至った。両親は警察を呼び、怪我の理由を誤魔化そうとした。嘘は見抜かれ、両親は刑務所へ送られた。
私が警察に協力して、両親の有罪が証明されたの。
その後少しの間は母方の祖母と暮らしていた。でも上手くいかなかった。母の裁判で嘘をつくよう、祖母からプレッシャーをかけられていると感じたから。私は里子に出され、いくつかの良い家庭と悪い家庭で過ごした。

その後アイビーリーグ(アメリカの名門私立大学8校)のひとつに入学して、故郷を去った。うつ病とPTSDに断続的に苦しんだけど、去る5月に無事卒業した。

今は概して全人生で最高に幸せ。でもそれは私があの日を乗り越えて、苦しむこともないという意味じゃない。直接的にも、間接的にも。私の過去とその影響のせいで。
今日は弟がこの世を去り、両親が投獄された8回目の記念日。

追記:mod(/r/IAmA管理人)に証明を提供して承認された。

(訳注:redditの/r/IAmAではOPがAMAを行う資格のある人物である証明が求められます。公開される場合とmodのみに提示される場合があり、証明が無くなりすましと判断されたスレッドはmodによって削除されます)


Q. どこの国?
 
A. アメリカ。

Q. 君の家の経済状況は?

A. うちの家族は中流の下層階級。両親は一軒家を所有していた。母は2年制大学、父は4年制大学を出てる。

Q. 事故だったのか?それとも故意だったのか?

A. 継続的な虐待は故意だった。両親は狂気の中にいた。子どもたちを憎んでいたの。
弟の死は、もちろん、「事故」だった。

Q. 当時弟は何歳だった?  

A. 弟は3歳の誕生日に死んだ。弟と妹が我が家に引き取られて5ヶ月後だった。

Q. 最初に君は「継父」と言ったけど、その後「父」と言っているね。その恐ろしい出来事が起こる前は彼が本当の父親だと思って育ったのかい?

A. 生物学上の父親でないことを明らかにするために「継父」と言ったの。彼は半分血のつながりのある弟の父親よ。彼が私の人生に関わってきたのは私が4歳の時。事実上、彼が私の父親だった。4歳から11歳までは本当にかなり良い関係だったわ。11歳の時に私とは半分血の繋がった、彼の実の息子が生まれた。それ以来、私はいつも自分が父にとって弟より下の存在だと感じるようになった。弟が赤ん坊だったからという理由を超えて。

Q. 君には半分血が繋がった弟がいて、ロシア人の子どもたちが養子になったってことかい?

A. 私には3人のきょうだいがいた。当時は2歳から4歳。1人は半分血の繋がった弟。他の2人はロシアから養子になった男の子と女の子。2人の間に血縁関係はない。ロシアから来た幼い男の子、養子で弟になった子、それが亡くなった子よ。
soukanzu
Q. 父親はどうやって弟さんを傷つけたんだい?正確に言って、どうやって死なせたんだ?

A. 正確な詳細は幾分不明。私にさえも。
当時、1週間ぐらい給湯器が「故障」していたせいで、蛇口からは尋常じゃない熱湯が出てた。私はあれは事故じゃなかったんじゃないかと疑ってる。精神的に不安定な父が細工したんじゃないかって。証拠はないけれど。
父は弟を「入浴」させた。火傷するほどの熱湯で。私は家にいて、弟の叫び声を聞いた。あまりの恐怖に凍りついて、部屋の隅に身を潜めた。あのときの弟の悲鳴は言葉では言い表せない。それにあの弟の悲鳴が私からずっと離れない。
火傷が手当てされることは一度もなかった。弟は5日後にショック死したわ。

 └・読んだだけで背筋が凍って涙が出てきたよ。なんて恐ろしい……

 └・俺が人間の他者に対する行いに驚かなくなることは決してないな。

Q. つまり、基本的に君の父親は弟を水に投げ込んだ後、なんの手当てもなしに家に放置したってことかい?

A. 弟はもがいていた。私がいた部屋まで、弟が水に入るのを強制されるのが聞こえてきた。あの試練の間、父の頭の中になにがあったか想像することはできない。単純に、私には不可能。       

Q. ロシアでは、養子に出される子が問題を抱えていて(ADHDやPTSDなど……)、その情報が養父母になる人たちに事前に与えられないことがときどきある。君の家の場合もそうだった?もしそうなら、その問題が母親に対応能力を超えたものだったと思う?

A. 養子になった弟は口蓋裂だった。おそらくロシアで養父母が見つからなかった理由の一部がそれね。
ADHDに関しては、半分血の繋がった弟がADHDでアスペルガーと診断されて、投薬療法とカウンセリングを受けてる。
養子の弟妹はとても可愛らしい子どもたちだった。半分血の繋がった弟は彼らに敬意を持って一度も接したことがなかったわ(他の子どもたちとの交流に問題を抱えていたし、弟妹に敬意を持って接することを両親から学ぶこともなかった)。でもそんな弟に対して、あの子たちは優しく接してた。おもちゃを見つけるのを手伝ったり、物をあげたりしていたわ。他の子どもたちとも仲良くできていたと思う。彼らはもともと児童養護施設で暮らしてたから。おそらく他の大きくて年上の子どもたちにそういう扱いをされることに慣れていたのね。

口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)とは、先天性異常 の一つであり、軟口蓋 あるいは 硬口蓋またはその両方が閉鎖しない状態の口蓋裂と、 口唇 の一部に裂け目が現れる状態の口唇裂(唇裂)の総称。症状によって口唇裂 、兎唇(上唇裂)、口蓋裂などと呼ぶ。「みつ口」と俗称される。
Wikipediaより

Q. 当時の君と弟との関係はどんなものだった?

A. かなり複雑だった。私は両親が家にいない間彼と他の弟妹のベビーシッターをしていて、彼らを守る必要を感じてた。
母は私が学校に行っている間家にいて、外出の間彼らを子どもたちだけで家に残した(訳注)。子守の間、次第に私は養子たちのアザを見つけるようになっていった。
私が家にいるときですら両親が彼らを虐待するようになるまで長い時間はかからなかった。父は私に声が届かない部屋だけでなく、私の目の前ですら子どもたちを叩いていた。

(訳注:アメリカの多くの州では幼い子どもだけを家に残して外出することは幼児虐待として禁止されています) 

Q. いったいなにがどうなって君の両親なんかに養子の受け入れが許されたんだ!?

A. 問題は養子たちが家にやってきてからものすごく悪化したの。それでも、その種は彼らがアメリカに来る以前に蒔かれていたけれど。

Q. そもそもなんで君の両親は養子を欲しがった?

A. 母はもっと子どもがいればより幸せになれると思っていた。彼女の頭の中には理想化されたバージョンの『ゆかいなブレディー家』みたいなものがあったんじゃないかとよく思う。彼女が不十分さを感じていたと思う理由はたくさんある。でも私は彼女の出産能力の問題がその一部だったと思ってる。

Q. 養子をとらなかったら、そんな事態にはならなかったと思う?

A. うちの家族には問題があったけど、養子を取るまでは異常な問題ではなかった。私が11歳の時に、半分血の繋がった弟が生まれた。そして私は両親に育児放棄されたように感じた(それに、いくぶん仲間外れにされているように。だって私は私生児だから)。でも後に起こったような出来事は全然なかった。
継父は、明らかにわかるほど、私よりも自分の子どもである弟に深い愛情を抱いていたわ。もしロシアから養子が取られなければ、私へのネグレクトは悪化したと思う。特に、恐ろしい10代の少女の間を通して。でも絶対に深刻にはならなかったと思う。

Q. 両親は彼らがしたことが間違っていたと認めてる? 

A. 母は毎日泣いていると言ってる。でも彼女が犯してしまった過ちを心から受け入れてるとは思わない。彼女は自分の人生が崩壊してしまったという事実に泣いているの。彼女自身がやったことのせいだと思っているからというよりも。彼女は今も極度に自己中心的で反省なんかしていない。あれは夫の過失で、自分は起きたことの犠牲者だと主張し続けてる。私は彼女が嘘ばかり言っていると思う。
父は神を信仰するようになって、自分の罪を赦されると信じてる。私は宗教的な人間じゃない。けど宗教が彼に罪と責任を認めさせると感じてる。父が自分のやったことに対して心から罪の意識を感じているとたしかに思うわ。

 └・精神上の健康状態によっては、決して罪の意識を感じないだろう。その可能性はある。母親は罪の意識を持つのではなく、彼女が失ったものを思って悲しんでいると言ったね。ほんの一例を挙げると、それはサイコパスがなにかを「悲しむ」唯一の時だよ。

関連記事:【人間社会の捕食者】サイコパスだけど、なんか質問ある?【暴力+心理操作】

Q. 両親が出所する予定はあるのかい?

A. 母の残りの刑期は最大6年。父のは7年から一生涯。最終的に父も出所すると思う。でもおそらく仮釈放申請のはじめの数回は認められないと思う。

Q. もし両親が出所したら、彼らとの付き合いを続けられると思う?

A. 彼らと有意義な関係を結べるとは思わない。車で8時間の距離に暮らしてるし、もう一度実家の近くに引っ越そうという計画はないわ。母は私との交流を望んでいると主張しているけど、私は彼女を真の意味で母親と見なしたことは一度もない。彼女は自己中心的で、それに単純に……善人ではないの。
私は、明白な理由で、私の未来の家族との交流を両親に許すことを極度に控えてる。

Q. 事件後、両親とコンタクトした?

A. 年に2、3回手紙を送ってる。過去数年でそれぞれに何度か面会もした。
彼らは私の里親の電話番号を知ってるし、クリスマスに私がそこに帰省しているのを期待して電話をかけてくる。携帯の番号は教えてない。教えないつもりよ(刑務所からの電話は高額だし!)。
たいていは、たわいもないことだけを話してる。学校で勉強したこととか、仕事の状況とか。でもただそれだけでも感情的に消耗する。それが年に2、3度しか手紙を出さない理由。
半分血の繋がった弟の祖父母に電話すると、ときどき間接的に情報を得ることがあるわ。たまに私の里親が電話をかけてきた父と話すこともある。里親たちは父が後悔を感じているから、彼を受け入れてる。でも彼らは、かなりもっともなことだけど、母のことは嫌ってる。自分の罪に対してなんの後悔も見せたことがないからよ。

Q. なんで完全に縁を切らない?

A. 彼らに対してかなりの怒りを抱えているにもかかわらず、私の感情は完全に怒りに統一されているわけじゃない。
人としての彼らや、自分が幼い頃の生活を恋しく思ったこともある。こういう感情は小さいけれど、私の行動に影響するだけの大きさはある。そのひとつが、私に彼らとの縁を完全に切らせないでいるの。
彼らを私の人生に留めているもうひとつの主なモチベーションは、自分が彼らにとって良いロールモデルになれる気がすることよ。母の場合、私は彼女がたやすく常習犯になることを恐れてる。囚人たちの社会生活に吸い込まれることを。彼らに覚えていて欲しいの。社会や、労働や、選挙なんかの有意義な一員でいるチャンスがあることを。彼らが実際に私のことをそういう風に思ってるかは誰にもわからない。でも今の時点で、私は彼らが持っている普通の人間社会へのアクセスポイントの一つなの。:/

 └・気をつけろよ。自分を犠牲にすることはないんだ。「彼らが持っている普通の人間社会へのアクセスポイントの一つ」かもしれないからって。彼らが決して普通の善人にならない可能性はある。期待したり希望を持ったりするべきじゃない。そんなに自分に責任を負わせるな。

Q. 母親についてもう少し話してくれるかい?

A. 母はうわべを取り繕うのがとても上手い。彼女はいつもチャーミングに振る舞い、優れた社交能力を見せる。母は周りの人を心理的に操作する。どういうわけか、人が見たいものや聞きたいものを正確に察知して提供することができるの。
彼女は人によって全く態度を変える。人を利用しておいて、その事実をどういうわけか隠し通せる。
母は刑務所でさえそれを繰り返してる。手紙に刑務所で付き合ってる女性がいると書いてあったわ。そういう人たちが母に強い忠誠心を持つのを私はいつも見てきた。私は母を知ってるから、彼らの行動がわかる。母は信じられないほどのやり手よ。でももし相手が彼女のニーズを満たさなくなれば、母は彼らを簡単に切り捨てる。今母はある女性を心理操作しようとしてる。刑務所から出してくれる弁護士の費用を払わせようとして。母からの手紙を読んで、彼女が売春婦のように思えたし、嫌悪感を抱いたわ。
このスレッドにいる他の人が、うちの母はサイコパスなんじゃないかってコメントした。正式な定義はよくわからないけど、その可能性を無視することはできない。



Q. 両親の関係は事件や刑務所暮らしの結果、完全に変化した?離婚するつもり?


A. 父は母に対して不滅の忠誠を貫いてる。その一方で、母はたくさんのガールフレンドを刑務所内で作って、同じぐらいたくさんの男性の「文通相手」を刑務所の外に作ってる。彼女はおそらく、ゴホン、「いかがわしい」手紙を交換してるんじゃないかと思う。手紙のほとんどは、テレビで母を見た前科者で、母の主張に、ゴホン、「シンパシー」を表現してきてる。そのことを考えると、本当に気持ち悪い。
収監されている間は手続きができないから、2人はまだ法的に夫婦よ。もし片方が刑務所を出て手続きをしたら離婚できる。でも両方入ってたら無理。
母は離婚するつもりよ。父はまだ母を愛していて、夫婦として続けたがってる。そうなるかは疑わしいけど。
父は母に対してずっと不健全な心酔をしているの。彼は母が素晴らしくて完全無欠に近い人間である幻想世界に住んでいるのよ。父は生まれつき暴力的な人じゃない。えぇ、彼は残虐な罪を犯した。でももし母が一度止めるように言えば、彼はそうしたでしょう。父も母も等しく罪がある。でもおそらく母のほうが罪が重い。私の考えでは。

Q. 君は母親が君の弟の死へと向かう出来事の扇動者だったと見なしているようだね。彼女は彼らを虐待したり殴ったりした?それとも夫にそうするように命令した?彼女は夫を極度に支配していた?

A. 母は昼間家にいることが多くて、そういう虐待は続いていたと思う。でも父がやった身体的な虐待ほどではなかった。
彼女は何が起きているか知っていたし、望めば止められることも分かっていた。彼女は常に父を支配していた。母が父に養子たちを殴るように特になにか言ったかどうかはわからない。でも養子たちを2人の間の子どもから離しておくことを提案した。弟たちは一つの部屋をシェアしていたの。母の提案は養子たちを未完成の地下室に住まわせることを意味していた。

Q. 生き残った他のきょうだいと事件について話したことはあるかい?君は彼らに謝った?

A. 半分血の繋がった弟は今、彼の父方の祖父母と暮らしてる。彼とは、なんの話題でも話すのが難しい。アスペルガー症候群で、あんまり話さないの。私が過去のことを持ち出したとしても、ただ何も話さないと思う。私がなにか話そうとしても、弟は話したくないことは話さないの。例え学校生活みたいな話題であっても。
ロシア人の女の子は、同じ地域に住む、他のロシア人の子どもを養子にしている家族の元に引き取られた。彼女の養母から数回連絡をもらったことがある。彼女はうまくやってるみたい。彼女がうまく適応して、幸せな子どもとして暮らしていることは私をとても幸せにするわ。今彼女は12歳。今の養母から、あの子が私のことを、唯一優しくしてくれた家族だと覚えてると言ったと聞いたわ。それを聞いて号泣した。私の唯一の願いは、あのときもっとなにかできるほど自分が強かったなら、ということよ。
彼女とは定期的には話していない。彼女に関わらず、できるだけ普通の少女のように生きさせることが最善の道だと思ってる。

 └・怯えた子どもを侮辱する人はいないよ。そういう状況でヒーローになることを期待されちゃいない。自分を責める理由はわかるが、そうすべき理由はない。

  └(OP) ある友だちのお母さんに言われたの。もし彼女が私と同じ状況にあったら、絶対にきょうだいを死なせたりはしないって。私は両親にそれを許した酷い人間だと言われた。とても親しい友だちのお母さんだったから、その言葉は長い間私の中に留まり続けた。乗り越えるのには長い時間がかかったわ。

   └・なんてこった!そいつはくそったれの女王だな!

関連記事:「コロンバイン高校銃乱射事件」の生き残りだけど、なんか質問ある?〈前編〉

Q. 当時、君の家でネグレクトや虐待が起きているんじゃないかと疑った大人たちがいたと思う?君の半分血の繋がった弟の父方の祖父母とか?

A. 私の母方の祖母は何かが起きているんじゃないかと怪しんだと思う。でも彼女がどの程度のことを知っていたかはわからない。養子たちにはいつも打撲のアザがあった。だからそれが警告のサインだったと思う。だけど彼らは、社交上は、素晴らしい快活さを見せていたの。たくさん微笑んでいた。妹はすぐに英語を覚えた。限られた会話能力でも、おしゃべりで楽しそうだった。弟はよく笑っていた。たぶん母方の祖母は混乱していたと思う。彼らは幸せそうに見えたから。わからないけど。なんとも言い難いわ。
半分血の繋がった弟の父方の祖母は別の町に住んでるの。だから養子たちに会ったのは1、2度だと思う。
その他の点では、養子たちが他の大人たちに会うことはほとんどなかった。ご近所さんたちはうちに養子が来たのは知っていた。でも新聞やテレビのインタビューで言っていたの。子どもたちが外で遊んでいるのをあまり見ないことを不審に思っていたって。でも真実がこれほど悪いものだとは思ったことは一度もなかったって。

Q. 母方の祖母はその後どうなったの?

A. もう数年は話してない。彼女は私が里子に出されたいと頼んだことに激怒していたから。

Q. 君の実の父親はどうしたんだ?彼との交流には興味ないのかい?

A. すごく興味あるし、同じぐらい不安もある。実の父とは4歳以来会ってないの。最後の記憶は映画館で一緒に『アラジン』を見たこと。
数ヶ月前にfacebookで彼を見つけて、メッセージを書いたけど、まだ送ってない。拒絶されることへの恐れが相まって。実の父が彼の元妻に起きた出来事を知っているかどうかわからない……

Q. 事件がアイビー・リーグに入るというモチベーションになった?

A. いい学校に行きたかったの。あれが起きた後、遠く離れた場所へ行きたいという願いが強まった。幸運にも受け入れられた!ここまで来られたことをとても幸せに感じてる。
あの事件はたしかに、学業を頑張ろうという私の燃料になったわ。勉強を頑張ればそこから抜け出せることが私には明白に分かっていたから。

Q. どうやってアイビー・リーグの学費を払ったんだい?

アイビー・リーグ Ivy League )とは、 アメリカ合衆国北東部に所在する、世界屈指の名門私立大学8校からなる連盟である。 各校は独自の特徴を持ち、いずれの大学への入学も最難関である
世界中から各国のトップ層にランクされる優秀な学生を受け入れており、アイビー・リーグ連盟に所属する大学の学部卒業生は
アイビー・リーガーと呼ばれ 、彼らは米国のエスタブリッシュメント を構成し、政界・財界・官界・学界に広範な人脈を形成している。
年間の授業料と寮費・書籍費が5万~6万ドル近くかかることから卒業する為には20~24万ドルほどかかってしまう。そのため学生の両親の大部分は富裕層であるため大学がエリートクラブ化してしまい、一般家庭出身の学生が入学できないのではないかという社会的批判が以前から根強く存在する。
Wikipediaより

A. コロンビア大学はほとんどのアイビー・プラスと同じく、Need Blind Admission Policy(家庭の負担能力に応じて奨学金を出す制度)をできるお金があるの。
さらに2回生のときには、年収6000ドル以下の家庭の学生のニーズを賄う制度が始まった。
それが始まる前の1回生のときに借りた複数のローンがあるけど(全部合わせても4000ドル以下)、大学院に入る前に払い終えようとしてるところ。
基本的に4000ドルで大学に行けた。とはいえ、毎セメスターと夏休みに授業料以外を稼ぐために働いていたの。でも期待できる家族の援助はゼロだったから、基本的に無料で教育を受けられた。
キャンパスでは毎週15時間働いて、ほとんどの夏休みはフルタイムで働いてた。ある教授のためのリサーチをしたひと夏をのぞいて。

Q. 将来子どもを持ちたいと思う?

A. たしかにそう思う!
養子か里子が欲しいと言えたらいいんだけど。でも良い里親になるには、里子経験に特別な思い入れがありすぎると思う。
理想の家庭はかなり伝統的なもの。夫と、その夫との間の2~4人の子どもたち。子どもたちに誰が父親なのか知っていて欲しいし、彼らの遺伝子を決して恥じて欲しくない。 

Q. OP、強くあり続けろよ。

A. ありがとう。ベストを尽くすわ。:) 

関連記事:【父はクリスチャン】白人の両親に育てられた黒人だけど、なんか質問ある?【母はユダヤ教徒】




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アメリカにおけるロシア人養子虐待死亡事件は他にも起きていて、ロシア政府は2013年からアメリカへの養子を禁止しています。
省略しましたが、OPは里子に出された先々で里親によるセクハラや実子との差別待遇など酷い目にあったそうです。
家庭内で起こっていることはなかなか外からはわかりにくいですが、子どもの虐待が疑われる事実を知った場合には、ぜひ児童相談所(児童相談所共通ダイヤル℡0570-064-000)にご相談を。 

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