今回の回答者は朝鮮民主主義人民共和国の大学でコンピューターサイエンスの講師を務めていた男性です。アメリカ人の彼がなぜ北朝鮮に渡ったのか?謎に包まれたあの国での生活、教育、人々との交流について語るAMA(なんか質問ある?)。
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元スレ:(2014/01/04)
(OP)
僕は去年の秋を北朝鮮の平壌でコンピューター・サイエンスを教えて過ごした。AMA(なんでも聞いてくれ)!
略歴:ワシントン大学のコンピューター・サイエンス(ネットワーキングとシステムの流通を学んだ)の卒業生だ。去年の秋、僕は平壌科学技術大学で講義をするために四半期の休みをとった。大学では4年生向けのオペレーティングシステムの授業と3年生向けのデータベースの2つの授業を受け持った。
北朝鮮での生活はとても興味深い経験だった。それにこの経験をしたアメリカ人はほとんどいない。僕らは平壌の外交的なコミュニティーと多少定期的に対話をした。実質彼らだけが長期的に英語を話す居住者だったからだ。
僕が教えていた大学は、あの国ではいろんな意味で異彩を放っていた。会話は英語で行われ、教授のほとんどが外国人だった。去年の秋は50〜60人の教授がそこにいた。彼らのうちのおそらく20人が僕のような白人で、大部分は韓国系アメリカ人だった。
大学のウェブサイトは今一時的にダウンしているけど、一部の情報はここで見られる。
https://yustpust.org/
僕らは多くの時間を学生と対話して過ごし、それは素晴らしいものだった。観光もたくさんした。平壌で見た明らかに顕著な特権階級の生活の一部についても話せたら嬉しい。
証明:僕のinstagramとTwitter。